「遊び相手」だけじゃない、こども主体で遊びを「育ち」に
目次
札幌市にある二条はるにれ児童会館(※)で館長を務める笠原 素子は、働き始めた当初は「職員が主体で、大人がこどもに教えてあげる場所」という思い込みがあったと言います。それがある出来事をきっかけに「こどもが主体」で、大人はそのサポートをすることが役割と気づきました。どのような学びがあり、それを今はどう活かしているのでしょうか。
体育インストラクターから児童会館へ より身近でこどもの成長を実感したい
▲いつも全力でこどもに向き合う笠原
札幌市では、児童会館の運営方針として「街とともに未来を育む人づくり」を掲げています。運営は公益財団法人さっぽろ青少年女性活動協会が担い、市内には199館の児童会館および小学校の空き教室などを活用したミニ児童会館があります。
その1つである二条はるにれ児童会館は、札幌駅から車で約10分の距離にあります。小学校やまちづくりセンターと同じ建物内にあることが特徴で、小学校との情報連携をスムーズに行うことが可能です。1日約150人が利用するこどもたちを安全に、健やかに見守る場所になっています。
同館の館長を務める笠原 素子は北海道・稚内市出身。短大卒業後は民間企業が運営する体育教室のインストラクターとしてキャリアを歩み始めました。
ー「もともと運動好きで中学校の体育教師になりたかったのですが、教育実習でこどもとの関わりや教えることの難しさを実感したことで体育教室を選びました。
そこで5年間にわたり幼稚園や保育園などで自分が考えた運動プログラムを実施する中で、こどもが笑顔で運動をする姿や成長する姿を見て、もっと私も深く関わりたいと思うようになりました。一時的にその場に出向くスタイルで日常的に携われない寂しさもあり、迎える側になりたいと思うようになったのです」
その想いを抱いているときに、児童会館で働く短大時代の友人から、市内の児童会館が臨時職員を募集していることを聞いた笠原は、児童会館のことをまったく知らず、何をするかもわからない状態で応募を決めました。
ー「当時はインターネットもなく、児童会館の情報がほとんどありませんでした。それでもインストラクター経験を通してこどもに教えたい、成長に寄り添いたいという気持ちと、迎える側になりたいという気持ちが強く、“児童会館”という言葉の響きからそれができるんじゃないかと思いました」
ただ、実際に児童会館で働いてみること、とまどいの連続だったと振り返ります。
オセロや将棋など、身体を動かさない遊びも多く、「自分は遊び相手をするだけでいいのだろうか」と思い悩んだこともあると言います。体育教室のときは、こどもに教え、できる喜びを共に味わい、目の前で成長を実感できましたが、それを感じられる機会はあまりありませんでした。
「児童会館はこどもが主体」と気づかされた2年目の出来事

▲こどもたちからのアイデアで児童館でのアイドル活動が育まれた
笠原に転機が訪れたのは2年目のことでした。
ー「こどもたちと工作やイベントを行うクラブを立ち上げました。そこでは上達のために夢中にがんばる子や、それを応援する子が出てきて、目の前でこども同士で思いやりや助け合いが生まれました。児童会館で働くことのおもしろさや、やりがいを実感することができました」
その後、札幌市内の複数の児童会館で指導員や主任職として勤務した笠原は、こどもとの関わり方や児童会館における自らの信念を固めていきます。それを決定づけた出来事は、2016年に市内の児童会館でNPOと協働で開催した異文化体験事業でした。
その事業のゴールを、こどもと職員によるチベット民話の舞台公演に据え、それに向けて練習を行うことにしました。ただ、そこには問題がありました。
ー「毎日放課後に朗読練習をするのですが、こどもによって練習できる時間にバラつきがあり、一緒に練習することが難しかったり、上達の違いが生まれるようになったのです。
このままでは厳しいと思った職員たちは、こどもたちと一緒に話し合いをしました。そのときに意識したことは、大人が答えへと導くのではなく、自分たちで考えるきっかけをつくり、そこに寄り添うことでした」
こどもたちは上級生をリーダーにして主体的に話し合いをはじめ、「本番まで1分1秒大事だよね」「自分の時間も大事だけど、相手の時間に合わせることも大事」と真剣に話し合い、お互いの時間の大切さに気づいたと言います。練習にも励むようになり、その結果、公演は大成功を収めました。
ー「当初は児童会館って、職員が主体で、大人がこどもたちに教える場所と思っていたんです。でも、その経験を通して、こどもが主体で、彼らは大人が思っている以上の力がたくさんあると確信しました。
大人はサポートや寄り添うことが仕事で、職員間で情報共有をしながらも、こどものその時の気持ちを逃さず支えることが重要なのだと気づきました」
笠原が大切にする「こどもが主体」という考え方のベースはこのときに確立され、その想いは今も中心にあります。
こどもと最後までしっかりと向き合うことを諦めない 信じられる大人がいる居場所を
▲児童館と地域の人を掛け合わせる「にじょっこかけ算プロジェクト」
現在、笠原は二条はるにれ児童会館で「こどもと最後までしっかりと向き合うことを諦めない」ことも大切にしていると話します。
児童会館ではこどもたちが喧嘩してしまうこともあります。そのときに、大人は泣いている子がかわいそうで、手を出した子が悪いと短絡的に判断しがちです。でも、それは見た情報にとらわれ、思い込みでこどもを傷つけてしまう可能性もあります。
ー「私は当事者だけでなく、まわりの子たちにも話を聞いて、背景や全体を知った上で対処するようにしています。時には他のこどもに間に入ってもらって、話を聞いてもらうこともあります。
こどもが安心して話をしてくれるように、私は大人とこどもではなく、人と人として接することを意識しています。こどもは自分がこども扱いされることに敏感です。一緒に遊ぶときも大人も真剣に遊び、笑い、良い意味で対等な関係でいたいと思っています」
大人がこどもと最後までしっかりと向き合うことを諦めないことにより、信じられる大人がいる居場所をつくってあげたいと笠原は言います。
同館は今年から新たな試みとして、「にじょっこかけ算プロジェクト」を開始しました。にじょっこは二条はるにれ児童会館に通うこどもを指し、地域のボランティアや高校生、図書館司書など、地域と掛け合わせることで想像しなかった化学反応を起こすことを狙った企画です。
ー「印象に残っているのは高校生の会です。特別に何かをするわけではなく、百人一首などをして一緒に遊ぶことで、少しずつ距離が近づいていきました。そのときにこどもが『大人になったら漫画家になりたい』と夢を語ったんです。
それに対して高校生は『なれるよ。応援するから』と伝えて。大人の職員だったら『がんばって』と言ってしまいそうですが、心の距離の近い彼らだからこそ発せられた、大人では伝えられない熱いメッセージだと感じました」
当初、このプロジェクトは年に3,4回の予定でしたが、地域側からも「一緒にやりたい」と声をかけられるようになり、今は月1回のペースになっているそうです。
地域とのかけ算について、笠原はさまざまなメリットがあると考えています。
ー「“楽しかった”で終わらずに、ちょっとした学びがあったり、勇気をもらえたり、こどもの気持ちが動くことや感じてもらうことをやっていきたいと思っています。
私たち職員は異動がありますが、こどもはこの地域で育っていくので、地域の人とつながっておくことで困った時に助けてもらえたり、逆にこどもが助けてあげたり。それによって安心してこの地域で過ごせて、この地域が好きだという気持ちを醸成できたらいいなと思っています」
こども主体の運営をめざして 大人はこどもの世界の仲間入りをさせてもらう
▲医療的ケアを必要とするこどもとの出逢いの場も
笠原は児童会館について「すべてのこどもが地域の中で自分らしく過ごせる居場所、自分の存在を実感できる居場所。とくにインクルーシブの視点を大事にしたい」と話します。
そのきっかけは現在の児童会館で医療的ケアを必要とする児童と出会ったことでした。医療用バギーに乗り、呼吸器も必須のこどもを受け入れたときに、最初は不安のほうが大きかったと正直な思いを口にします。
ー「今思えば、意図的に考えて関わってしまっていた部分がありました。職員がその子に本の読み聞かせをするときも、絵本ばかりで他のこどもたちが読んでいるマンガは外していて。
でも、あるときにその子がマンガを読みたいと意思表示をしたんです。そして、本をひらくと真剣にページを目で追って、次のページを読みたいときは表情で教えてくれたり、発声しながら教えてくれて……。その児童に必要なのは、みんなと同じあたりまえの時間だったことに気づき、ハッとしました。
大人よりこども同士の方が理解者なのだと思うこともあります。バギーに乗っているのを初めて見た子が『病気なの?』と聞いたら、まわりの子は『何言ってんの、違うよ。筋肉の力がないだけだよ』って。大人の方が変な気遣いをしてしまっていると思い知らされました」
児童会館はできないことをちょっとだけサポートするだけで特別扱いはいらず、それだけで通うこどもの幸せにつながっていると笠原は考えています。
今後、めざすのは「さらにこども主体の児童会館づくり」です。
ー「私たち大人がこどもの何気ないひと言をキャッチして、それが形になると、こどもはイキイキと活動し始めます。そして、その姿は周りにも波及し、あそびがどんどん展開していきます。活動に参加するだけじゃなくて、参画していくことを大事にしていきたいと思っています。
お悩み教室をしたときに、職員だけではなくこどもが答える場所もつくったところ、そちらに行列ができたんです。自分たちで答えを導き出す姿を目の前で見て嬉しくなりました。こどもの可能性を切り拓きながら、さらにこども主体の児童会館づくりにチャレンジし続けたいですね。
最近は、私たち大人がこどもの世界に仲間入りさせてもらっているという感覚があります。こどもは遊びのアイデアに溢れていて、発想力も創造性もすごく豊か。大人もこどもの世界に巻き込まれ、それによってこどもの本当の声に気づいたり、寄り添ったりできるのだと思います」
役割を決めつけてしまっているのは大人なのかもしれません。こども主体による自律的な組織は、笠原たちのサポートにより少しずつ、丁寧に形作られていきます。
※ 札幌市では、一般的に言う「児童館」を「児童会館」と表記しています
※ 記載内容は2025年12月時点のものです
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児童健全育成指導士等上位資格取得者、児童健全育成賞(數納賞)入賞者、児童館推進団体役員、
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