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子どものパワーを信じて、安心して「声」を出せる居場所を

石巻市こどもセンター「らいつ」は、子どもたちが意思決定の場に主体的に参加し、地域の人とともに企画や運営を行う市内唯一の児童館です。館長の荒木 裕美(あらき ひろみ)は自身が地域で孤独感を味わった経験や震災を機に、未就学児までを対象とした子育て支援活動を始めたのがきっかけで、らいつの館長に就任しました。他の施設にはない児童館の魅力や、主体的に子どもが活動できる理由、孤立を生まないための地域のあり方について、想いを語ります。


 


施設のデザインから企画運営まで。子どもが主体的に参加する「らいつ」


6540698d-e83443e8▲年3回おとなとこどもがいっしょに話し、決定する運営会議の様子



石巻市子どもセンター「らいつ」館長の荒木は、児童館で子どもたちを見守ることと並行して、自身が立ち上げたNPO法人ベビースマイルの代表として、妊婦から未就学児を中心とした子育て支援に関する事業を行っています。


 「らいつに来てくれた子どもたちはもちろん、親御さんもほっと安心できる場所でありたい。初めて来た方を温かく迎えて、一人で過ごす方が良さそうなら見守りますし、誰かの助けを必要としていたら、ベビースマイルの活動を通じた支援につなげたり、親御さん同士をつなげてみたり。親子ともに安心できる日常的な居場所づくりを丁寧にやっているところです」


 地域の子育て事業にも意欲的に参画し、日々忙しく活動する荒木ですが、その明るく穏やかな語り口調からは、真摯に活動に取り組む姿勢と心から楽しんでいる様子が伝わってきます。


石巻市子どもセンターらいつは、2014年、東日本大震災被災地支援の一環で整備された市内唯一の児童館。「まちのために何かをしたい」という子どもたちが自ら、「どんな石巻にしたいか」を話し合い、市に提案したプランを具現化したのがこの施設です。


「らいつ」という名称には、子どもの権利(=Right)の拠点として、未来の希望の光(=Light)でありたいという願いが込められています。


その名の通り、施設の設計から子どもたちが関わるほか、月に数回子どもたちが集まり、施設の運営や使い方について自由に意見を出す「子ども会議」の開催など、子どもたちが主体的に意思決定の場に参加し、企画や運営を行っているのが特徴です。


 


震災を機に、自分を救った仲間の意思を継ぎ、親子の居場所づくりを開始


65407129-f0e74c3a ▲次男出産直前(写真右)。仲間とできることを持ち寄って場づくり。場があるだけでありがたかった



2018年に荒木がらいつに関わることになったきっかけは、それまで彼女が行ってきた子育て支援の活動にありました。


 2008年、結婚を機に石巻に移住した荒木。当初は知り合いがほとんどおらず、慣れない環境に孤独を強く感じていたといいます。

「自分の性格的に、『大丈夫、上手くやっていけるだろう』と思っていました。でも、実際生活環境が変わってみると、生活スタイルの違いに気づいて不安な気持ちが勝ってきて。家庭以外に話をする相手がいなかったので、『自分の居場所がないな』とすごく孤独を感じていました。自分らしく話ができて、それを聞いてくれる仲間がいる場所が欲しいとずっと願っていました」


孤独を感じていた荒木が、地域の人と関わるきっかけとなったのが、長男の妊娠を機に通い始めたマタニティクラスでした。初めての出産についての相談や、子育てに関する情報を交換できる仲間の存在が、心の内をとても明るくし、ネガティブだった自身の心を変えてくれたと言います。


長男の出産後、地域の親子クラスにも積極的に参加するなど居心地の良さを実感し始めた矢先、東日本大震災が起こります。自分を支えてくれた友人が犠牲となり、やむを得ず石巻を去る友人もいました。


「震災の中で私は本当にたまたま命を取り留めたと思っていて。子育てを楽しむ場をつくり、提供してくれた友人達の意思を継ぎ、子育てする親を孤立から守る場をつくりたいという思いで、ベビースマイルを立ち上げ、親子の居場所づくりを始めました」


2018年、荒木の活動が7年目を迎えた頃、開館時から「らいつ」を運営してきた石巻市に代わり、民間の団体が運営する「指定管理者制度」が始まることになりました。それまで0歳〜未就学児を対象に子育て支援をしてきた荒木にとって、0〜18歳の子と親を包括的に支援していくことのできる児童館は大きな魅力だったと言います。


 「それまで運営してきた子育て支援の場は、未就学児までが対象でした。せっかくつながった親御さんたちとの関係が、学齢期に上がる時に途切れてしまうのが悩みでした。年齢に関係なく、長期にわたって親子を支援していける児童館の運営に携わりたいと思い、らいつの指定管理者として手を挙げました」


 


居場所をつくり、子どもの声を聴くことが社会を良くしていく


65406976-524d17b4▲子育てサロン中、おとなからちょっと離れた場所で自由に過ごす子どもたちと



らいつで仕事を始めた荒木が驚いたのは、子どもたちが自ら考え、活発に発言し行動する姿でした。


 「会議の場に初めて参加した時、子どもたちがすごく活発に意見を出し合って、ワイワイと話し合っていました。子どもたちってこんなに話したり、建設的に意見を出してまとめていく力があったのか!と本当に驚きました」


 どうすればいいのか決断に迷った時も、子どもたちが支えてくれたそうです。子どもたちの発案で、「マンガのまち石巻」をテーマに、コスプレイベント「まきコミ祭」を開催した時のこと。


 「アルミで作ったナタを持って行ってもいいか?」「血のりを顔に塗ってもいいか?」など、回答に迷う問い合わせがたくさんあった中で、荒木は危機管理を行う立場として「禁止した方が良いのではないか?」と考えました。しかし、思い切って企画運営を行う子どもたちの判断に委ねてみることにしました。


 「すると、子どもたちは思った以上に建設的で。職員と子どもたちと一緒になってイベント参加規約を作成しました。何センチまでの小物だったら良いとか、こういう素材でつくった小物の場合は良いとか、安全の基準についての意見をきちんと出してくれました。子どもたちが納得した上で、存分に楽しめる方法を自ら考えてくれた結果、より多くの方に参加していただける大きなイベントになりました」


 子どもたちが活発に活動する姿が印象的ならいつですが、その背景には子どもの声に耳を傾ける大人の存在があることにも改めて気づいたそうです。


 「子ども会議などで、大人とのワークショップを行うと、子どもたちが『大人ってちゃんと意見を聴いてくれるんだね』と、話を聴いてもらえたことを喜ぶんです。声に出した想いが大人たちに受け入れられて環境が変わっていくのを経験した子が、『もっと声にだしていいんだ』と気づいてくれることが毎回本当に嬉しいです。同時に、子どもの声を聴くということが社会において、いかにできていないか。その重要さを実感しています」


孤独を感じていた自分が、誰かに話を聴いてもらいたいと思ったのと同様に、子どもたちもまた、話を聴いてもらいたいのだと気づいた荒木。子どもの声を聴く時は、なるべくフラットに、どんな話も受け入れる姿勢を示すことを大事にしています。


ネガティブな言葉も多く、始めは一人で過ごすことが多かった子が、意見を言い合える仲間と出逢い、児童館の企画を考える立場になったり、人前に出ることを嫌がっていた子が、児童館の子の意見を代表して、市長へ提言に行く立場になることもあったそうです。自身の声が周囲に受け入れられる経験を通して、目を見張るような成長を遂げる子どもたちの姿のを、荒木は数多く見守ってきました。


「『あの時、らいつで話を聴いてもらえたから、明日も頑張ろうと思えた』と話してくれる親御さんや子どもたちがいます。声を聴くことは、その子や親を救うことにもつながっています。安心して声を出せて、受け入れてもらえる場所が『居場所』です。


一人ひとりの『声』で社会がつくられていって欲しいなと思うので、居場所づくりに引き続き力を尽くしつつ、その声を社会に届ける活動もしていかなくてはと思っています」


 


児童館の仕事は、社会を変容する仕事。児童館の持続化を図りたい


65406998-94535bda ▲子どもたちの「もっと児童館がほしい」声から生まれた移動型児童館事業。市職員、社協職員、民生委員、プレーワーカー、地域おこし協力隊、公民館職員等子どもを見守る環境をみんなで


「この数年、地域によっては新しい児童館も設立される一方で、児童館の全体数は微減しています。児童館は子どものためだけでなく、そこに関わる地域の人や親同士のつながり、支え合いの循環を生み出すなくてはならない拠点。本当にすごい力を持つ拠点なんです。もっと多くの方に児童館の存在意義を知って活用いただいて、石巻に限らず全国の児童館が切磋琢磨しながら、できることを広げていきたい。地域の拠点として持続化を図れたらと考えています。同時に、子育ての課題を『児童館』だけにとどまらず、地域を巻き込みながら解決していくための手段を増やしていきたいと思います」


2023年の夏には、施設まで足を運ぶことができない人のために、石巻市内の各総合支所地区を巡回して子どもの居場所や遊び場を提供する「移動型児童館」の活動も新たに始めたところです。


これからも児童館の魅力を最大化し、持続可能な運営を行うことを目指すために、より多くの方に児童館に関わってほしいと荒木は話します。


「児童館の仕事は、子どもや親が安心して過ごせる居場所をつくる仕事です。居場所をつくることは、安心できる社会をつくる仕事でもあります。社会を変えていく本当に価値のある仕事ですが、まだまだ課題はたくさんあります。もっと児童館や放課後児童クラブで働く方が増えれば、子どもたちの声も聴けるようになります。子どもという切り口だけではなく、子どもの最善の利益のために社会を変革する仕事なのだという観点も持ちながら、この仕事に向き合う人が増えたら嬉しいです」



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※全国各地の児童館職員のストーリーは「talentbook」でもご覧いただけます。
 児童健全育成指導士等上位資格取得者、児童健全育成賞(數納賞)入賞者、児童館推進団体役員、   
 または被推薦者等から、地域性を考慮して選出された方をご紹介しています。

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